薺句帖

余生の洩らし言、「薺」とは、「なずな」あのペンペングサであります。誤字脱字の常習ゆえ、気になさる方にはお勧めできません。

もしも桜のなかりせば、とか。

 

 我が家の庭先に、正体不明の桜が咲く。ソメイヨシノには数日おくれて開花するのが常で、それに花びらは八重である。

 この木は、妻が知人から頂いたもので、鉢植えであったが管理する方がいなくなったとかで。それを庭先に鉢から下ろしたのは、二〇年ほど前であった。

 以来、手入れらしいことは全くせず、年一度訪れる植木屋さんに枝を刈り込んでもらうだけだ。

 正体不明というのは、こちらの知識の無さもあるが、さまざまにある桜のどの系統なのかわからないからだ。でも、その咲きっぷりは家の全員が認める明るさである。内心思っていることだが、ソメイヨシノというのは、一輪ごとに見ると随分貧相ではないか、あれは群れ咲いてこそが見所だ。それに較べて我が家の桜は、一輪一輪が見るに耐えると、身びいきしてきたのだった。

 

 菜種梅雨なのか、数日雨天がつづく、初めの一輪から一週間ほどたったろうか、でもこの雨で、続く開花が滞っている。

 

   

 これが初めの一輪と二輪であるが、未だ散る気配はない。ひっそりと続くものたちを待つ如くに。

 業平の言うように、なんだかんかんだで桜には咲くまでも散るまでも、なんとなく気がもめるものだから、いっそ無くなってしまえば良い、そんな憎まれ口も聞きたくなるのものだ。

 こうして降り続くので、冷たい雨にしおたれて哀れかと見ると、そんなことはなくて、やはり色香は漂ってくるものだ。

 それと、長く飼っていたレトリバー似の骨壺は、この桜の下に埋めようか、ムクゲの根方に埋めようかと迷ったのだが、ムクゲにした、あれはどうしてだったのだろう。忘れた。

 

 

花一樹雨滴全身身震ひす     泡六

 

掌に「花」と書きては飲む仕草

 

黒帽子黒マント着て菜種梅雨

 

あかい目の男ずぶ濡れ桜坂