薺句帖

余生の洩らし言、「薺」とは、「なずな」あのペンペングサであります。誤字脱字の常習ゆえ、気になさる方にはお勧めできません。

俳句

風呂、老いのたのしみ

独身のアパート暮らしであった頃、銭湯というのはどうも落ち着けない気がして、必ず風呂付きの部屋を契約した。 ところが、無精者の自分は帰宅が不規則な事もあったが、毎晩風呂を沸かすことが酷く面倒に感じて、数日連続して風呂に入るのをサボったり、シャ…

山茶花山茶花咲いた朝・・・・。

我が家の南にある垣根は山茶花である。 殺風景になりがちなこの季節に、山茶花の花はいいものだ。 南に植えてあるといっても、太陽の位置が低い冬の間は、隣家の影になりやすくて、日が差すのは数時間でしかない。 したがって、周辺の家々の山茶花より開花が…

生い立ち

いくとおりもの「正しさ」が、この世にはあるのだと、子供のころ大人たちから教えられた。 「悪」にも、いいものがあるんだよと、諭されてきた。 強いものには、口をつぐめとも躾けられた。 平等や公正を求める奴らは、負け犬だと、そういう人間にはなるなと…

何も求めない、そういうわけにはいかぬものだ。

こうして、毎日毎日、三度の飯を食べて、鼻歌で暮らしてる。 恥知らずなことだ。 老いの日は胃袋のため米を研ぐ 泡六

午後三時、雨が上がりやや明るさがましたようで、散歩にでる。

いつもの沼のある公園へ。 風はほとんど感じないのだが、空気はとても冷たかった。 幾重にも影を潜ませ冬の水 泡六

今日は、一日薄氷が張りつめたような空の色であった。

新型コロナ感染者の死者数が500人を越えたと、報ぜられた。 90%以上、60歳以上でもともと持病のある人とのこと。 濃淡はあっても報道の骨子はそこまで、・・・まるで高齢者の死亡は、第8波の現段階では折り込み済みの数値であるかのように、500人超の深刻…

些細なことに躓くようだ、老いては。

深谷市北本、程近くに畠山重忠の墓所がある。 また、この河原のやや下流に白鳥が飛来する。 白鳥の鳴き声というのは、どこかもの哀しい。 寒五時の鼬の轢死報ぜざる 泡六

武蔵丘陵森林公園の梅林を歩く

今年初めの森林公園散策である。 例年この時期に早咲きの梅を尋ねにゆく。 先ずは、紅梅から開くようだ。 次いで、白梅。 どちらも、まだまだ盛りまでは遠そうであった。 この梅林は、梅の根元に福寿草も栽培されていて、ここを訪れる人に春らしさを一層感じ…

川に沿って歩いた

昨日、寒の入りであった。 それでいて、よく晴れた今日の午後、堤の上は暖かだった。 とはいえ、寒さに備えた身支度のせいでもあるのだが。 川は、利根川水系の一級河川。堤上からは赤城、春名、妙義、浅間、武甲、男体、関東上州を取り巻く山々と、時による…

今年一年の邪気を祓うために

昨日から、寒の入り。 明日、松が明ける。 今朝は、七草。 その七草は、家庭菜園のいわば雑草である。 芹はもともと生えていないものの、残りの六種は摘んできたのだった。 香りけりむしり来し畔の薺は 泡六 七種に餅合わせ煮る母なりき

鵯(ヒヨドリ)は、旅へ出たのか。

庭先の垣根に山茶花が今も咲いている。 花は赤、時折この花びらを啄んでいるヒヨドリを見かけた。 その内側に、人の背丈ほどのウツギが植えてある、その冬枯れ枝に、干からびた林檎が突刺してある。 これが、奇妙なのだ。 なぜに変かというと例年の寒の入り…

煮込み雑煮の話

我が家の元旦の雑煮は昆布出汁に、鶏肉つまりかしわと椎茸の吸い物へ、ちょっと焦げ目をつけた焼き餅を投入する、茹でた大根と人参をそえて、三つ葉を散らす。これは、自分が生まれ育ってきた家の雑煮である。 ところが、妻の実家では、里芋・牛蒡・人参・小…

正月の浮かれ気分も何処へやら、はや三日

今年の抱負は?というおきまりの愚問がある。 以前、しきりに「自己実現」というワードが目立つ時期があった。この語の正確な意味は知らないが、字面だけみれば「本来の己を実現する」ということになる。「本当の俺」?、筆者にとっては雲を掴むようなことだ…

風強く快晴の二日

北風が窓を揺るがせているのだが、空は秘色色(ひそくいろ)に静まり、南の窓からは透明な日光が差し込んでいる。 その日は暖かで、右の頬はちりちと刺激されている。 心棒の「心」とはいづく二日かな 泡六 今年も、虚しく空回りするのだろう。

二〇二三年元日に。

本日より、ブログ句日記といものを、はじめます。 句作りはずぶの素人につき、お目に触れても笑ってお忘れください。 以後、よしなに。 白髪髭削りて今朝の雑煮椀 泡六 外出時でのお決まり、マスク生活になれて、生来ずぼらの性癖ゆえ髭剃りの習慣が遠のいて…